鉄道関連本

« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »

2016年9月

模型を処分しようとすると…

最近、またぞろ仕事を変える算段をしているため、収入のないことを憂いて、いろいろと処分しようとしているんですが、その度ごとに、思い出されるのが、亡くなった母親の言葉です。

15年もの長い間、音信不通になるほどの大げんかをし、それでも用事があって、東京に行こうとしたときのこと。

つい先年亡くなった義理の父親の遺影に「ちょっと東京に行ってきます」とあいさつしたところ、なんとなく…「●●くん(らじ店主のこと)、なにもいわず、お母さんに会ってきなさい」と言ってきたのです。
(ちなみに私に霊感など全くありませんし、宗教がらみのことはいっさいしておりませんのであしからず)

うーん、と思いながら、まず父親に連絡…すると、父親は「まあとにかく来いや」といって、母親のところへ…。
まーさんざんに文句と悪たれをつかれましたが、それでもなんとなく胸のつかえがおりたような気がしていました。
そのわずか半年後、大腸がんが発覚…、もう手術は難しいともいわれ、愕然としたのを覚えています。
母親と別れて、別の場所で暮らし、なにも手を出さなかった親不孝をいまさら呪い、後悔しても始まらないことを何度も懺悔し、亡くなるひと月前は、某オークションに大量に出品し、飛行機代を稼いでいました。

しかし、すでに半分この世にはいなかった母親の顔を見るたびに、まだすこぶる元気だった頃
「おめえ、自分で欲しくて買ったおもちゃ(彼女は模型をおもちゃと言ってましたね:笑)なんだから、たとえ苦しくても売ったりしちゃいけない。欲しい人にやるなら仕方ないけど、売るくらいなら自分で働け!」
と言っていたことを思い出したことがあります。

いまでもそうなんですが、なにかしらを売ろうとすると、ほかの方が同じ模型をオクに出してしまうんですね。
しかも予定していた価格よりも大抵は下回って、その方々の模型が落札されていく…。
やっぱり母親が「売るんじゃねえ!!」と言っているような気がします。

たしかに自分が欲しいと思った模型たちです。
それを手放すということは、本当は寂しいことであるはずなのですが、先に書きました通り、気持ちは揺れているのです。

もう自分に子供が出来ることはないし、後に次ぐものもいない。
では、もし自分に万一のことが会ったとしても、女房は、 門前の小僧習わぬ経を読み…なので、買い取り模型店がだまそうとしても、それは無理な話です(笑)。
それでも手持ちの模型たちは四散していく訳ですから、複雑な心境になるかと思います。

逆に、亡くなったであろう方の処分品を手にすると、その人となりがはっきりわかってくることもあります。
模型の側が「語ってきてくれる」こともあるんです。

これはたぶん「寸法病」や「スケールシンドローム」「国際統一規格症候群」などに陥っている人たちにはたぶんわからない心境だろうとおもいます。

鉄道模型:とくに真鍮の古い模型には「ドラマ」があり「ペーソス」があります。
だからこそ、16番をやめてOJにしようかと思っても、なかなかふんぎれない自分の葛藤があります。

そんな思いを知ってか知らずか…、オクの出品重複を見るたびに、「やっぱり母親ってのは…」と思う今日この頃です。

マイクロエース:キハ183系返ってきました

マイクロエースのキハ183系を修理に出して約一ヶ月。

最初は4ヶ月かかると言ってましたが、電話で「パーツをくれれば、こっちは直せるよ」と言ってあったので、たぶん急いでくれたのでしょうね。
マイクロエースさんお気遣いありがとうございます(笑

さて、何を直したのかな…と思っていたら、どうやら動力車キハ182の車輪のギヤに欠けがあったようで、車輪をまるごと交換したようです。
その結果、確かに走行性能は良くなってきました。

もともとゴムタイヤを履いている車輛なので、牽引力もそこそこあります。
というわけで、先日紹介したカツミの「キハ183−1500」を中間に連結しようかと考えてみましたが…

じつはそのためには2つの問題点がありました。

一つはカツミのキハ183の運転台側の連結器の問題。
この連結器、ダミーなんですが、やたら柄が長いんですね。
しかもねじは1.4mmの段付きねじで、床板側にも取付部に段差があります。
この状態では、エンドウのダミーカプラーも、ベーカーも取付はほぼ不可能です。

そこで一計を案じました。
ケーディカプラーを取り付けるとしましょうか…。

ということで、ケーディの寸法表を確認してみると、一番長い柄のものでも約10mm。
カプラーポケットを使ったりすれば、まったくはまらないし、連結自体の車輛間隔も全く取れない状態になります。
じゃあってんで、No.8をそのままに、エコーのワッシャーを4枚重ねして段付きねじにはめ、No.8をそのまま取り付けたところ、解放作業をするためのひげが邪魔していることが判明。
ニッパーでぶっつりと切断しました。
ということで、こっちは解決。

もう一つはマイクロエース側の問題。
連結器が「上からはめる」という簡易方式で、これはこれで実用上問題はないんですが、カツミの183系とはこのままでは連結できません。
よく見ると、マイクロエースの連結器は、やはりポケットのようなものの中に連結器を入れているようで、マイナスドライバーを使ってちょっとこじると、カバーのふたが外れます。
こちらはNo.5、またはそれと同様のカプラー形状のものをここにはめます。
当然ながら「ぶかぶか」なので、ここにはエコーモデルの小さいワッシャーを2個くらい、カブラーの穴に入れて、穴の大きさの調整をすればOK。
でもこのままはめると、カプラーは「だらん」と下に下がりますので、台車中心ピンに使うバネを半分に切って、そのポケットにいれれば、復元機能を持たせられます。

かくして3両分を交換。
これで現行の「オホーツク」のような編成を組むことが出来るようになりました。
ただし、グリーンがないのと、4両なのにトイレが一カ所しかない!という実にサービスの悪い列車が走ることになります。

さて、今年はこんな軽加工で終わりそうな気配…。
模型の情熱はいつもどるのか…。

キハ183系…ちょっと気の毒…

北海道にいて、我ながら気づかなかったことでありますが、もともと総武線に縁のある自分の「特急」車輛が、かたや183系、北海道に来たら、これに「キハ」がついてきて、やっぱり183系でございました。

183系と言いますと、大昔、カツミが最初に183系500番代を製品化したときに、かっこええなあ、と思って手に入れたことがあります。

1833

あの当時、すでにエンドウのキハ20が出ていたこともあり、値段がそれなりになることは覚悟していましたが、それでも4両で約10万は、当時はえらい高かった!!

近日中に2550番代をカツミが再生産するようで、私が買った当時の値段との差はかなりのものにはなりそうですけど、それでも、当時まだ481系などは11500円くらいだったので、かなり高価な印象でした。

しかしながら、あの塗装もふくめて、当時かなり斬新だったことは否めません。
そして、いまでこそ問題が多かった、といわれる、あの「カツミ・新動力ユニット」が、この形式にも採用されていました。

この動力、実はプラ製のギヤが割れたり、ギヤカバーが外れたりと、いろいろガタの出やすい製品だったようですが、自分が使っていたときは、そういった事象に出会うことはありませんでした。
むしろ、自分もたまにやってしまうのですが、前進→中立→後進…という進行方向の切り替えを、中立を挟まずにいきなり変えてしまったりすると、ギヤが割れたり外れたりしやすくなるそうです。
これは、いわゆる「ぶらすベーシック」の大元である、古い天賞堂の旧型F級電機のギヤボックス内にあるプラ製のギヤでも起こるそうです。

話を戻すと、その後幾星霜、もともと買ってあった183系は手元になく、先日マイクロエースの183系0番代がきたことで、実に30年振りくらいに我が家にキハ183が戻ってきたことになりました。

1832_2

先の報告のとおり、M車のギヤからやっぱり「カタカタ」音がしているために、メーカーにて修理確認を依頼しましたが、これがなんと4ヶ月待ちとのこと。
なるほど、マイクロエースの製品をみんなが敬遠する訳です。

いちおう電話にて担当者の方には
「Nゲージャーも、いまでは自分でなんでも修理しちゃう人はたくさんいる。
まして16番の場合はパーツさえあればなんとでもしてしまう人が「ほとんど」(はんぶんいやみ)なので、わざわざメーカー送りせずとも、パーツをくれれば自分で直すよ」
ということは伝えました。

分配パーツの提供がたいへんだから…というような理由でマイクロエースはパーツ提供していないんでしょうが、KATO・TOMIXはきちんと対応していますから、このへんもメーカーとして評価されない理由の一つなんだなと納得した次第。

しかるに本物のキハ183…、どうも踏んだり蹴ったり状態。
オホーツクは石北本線不通により長期運休。
ちゃろべつ(サロベツ)も、またぞろ稚内市が9月6日現在、冠水しているとのことで、また運休の可能性あり。
函館本線でも台風の影響で、北斗系統が運休。
唯一の救いは特急ニセコの代行運転をになったことくらいでしょうか。

北海道の特急網の安定化に寄与した車輛の割には、あんまり大事にされていないような印象を受けます。
試作型900番代はすでになく、183−1シリーズは惜しげも無くミャンマーに輸出するということで、JR北海道にとって、 キハ183系はたんなる「移動機械」にすぎなかったようですね。

思い出すのは、まだ東京在住の頃、初めて札幌から釧路に行ったとき、新千歳空港の次は、たしか帯広までノンストップだった「おおぞら」に乗ったときのこと。
車内でお弁当を頼んだとき、持ってきた弁当のご飯が温かいことに驚いた記憶があります。
もう食堂車は廃止された後のことではありましたが、このサービスは大変うれしかったことを覚えています。
これができたのは、キロの車販準備室があってこそだったのですが、これをやめてしまったのは何とも残念。


先日久しぶりに網走までオホーツクに乗りましたが、あまりにも車内が疲れているような整備状態だったのをみて、「本当にかわいそうだなあ」という印象を受けました。

ちなみに、車内チャイムが、北斗系統は「北海道標準の」チャイムなんですが、オホーツク・ちゃろべつは「アルプスの牧場」が使われています。
もう車内で聞くことはないと思っていたなつかしい音ですが、逆に言うとJR北海道にとっては「旧国鉄車輛」ですよ、とでも言いたげな扱いにも見て取れるため、なおさら悲哀を感じてしまいました。

もうすぐ、全車引退の日も近い車輛ではありますが、ぜひとも大事に扱っていただきたいと思う今日この頃です。

« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »

気になったやつ

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

最近のトラックバック